【徳川家康没後400年】家康はなぜ江戸に幕府を開いたのか・3つの理由 - マンション経営・投資のリスクとメリットなら【マンション経営大学】

【徳川家康没後400年】家康はなぜ江戸に幕府を開いたのか・3つの理由

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2015年は徳川家康没後400年にあたることをご存じでしょうか。東京五輪に向けた再開発でますます発展する東京ですが、今の東京があるのも、家康が東京(江戸)に開幕したという歴史的な要因のおかげといっても過言ではないでしょう。

家康にとって東京(江戸)には、いったいどんな魅力があったのでしょうか。そこには諸説が存在しますが、今回はマンション経営大学らしく、「立地」という切り口に絞って3つの理由を探ってみましょう。

徳川家康が江戸に幕府を構えた3つのポイント



■1. 大都市が栄える地形条件を備えていた


大都市の歴史的な立地条件としては、広大な平地があり、海や大きな川に面しているということが重要とされています。関東平野や東京湾、そして日本最大級の規模を持つ利根川水系を備えた江戸は、まさにその成立条件を満たしていたのかもしれません。

■2. 物流が発展する環境が整いやすかった


都市が発展する重要な要素として「物流」があります。今でこそ、世界中の商品がすぐに手に入る世の中ですが、江戸時代には自動車すらありません。当時の物流を担っていたのは馬や船。特に船舶技術の発展は当時の物流を大きく変えました。

上述したように江戸は水路には困らない地形条件を備えていたため、家康は江戸に水運の利を見出したのです。水路を軸にした街作りを展開するなど、物流によって大きな発展を江戸という街にもたらしました。現在でも、日本橋などで当時の水運の名残を感じることができますね。

■3. 不毛地帯だった江戸には発展の余地があった


家康が初めて江戸に入ったのは天正十八年(1590年)のこと。当時、江戸は不毛の湿地帯に過ぎず、海流が入り込んで地盤は弱く、とても人が住めるような場所ではなかったといいます。

常人であれば腐ってしまってもおかしくないような困難な状況下でも、家康は東京の中心部まであった海をコツコツと埋め立て、住みやすい土地へと変えていったのです。

江戸という立地に対する当時の否定的な見方をものともせず、その先にある発展性を家康は読み切っていたのかもしれません。事実、家康の予測は見事に的中し、没後400年が経過した今でも、東京(江戸)は世界有数の大都市として成長を続けています。

重要なポイントは「発展性」、不動産投資において家康から学ぶべきこと



いわば「立地選定」が大成功したともいえる家康。やはり、不動産投資においても「発展性のある立地を見抜く」ことが何よりも大切です。

では、現在の日本において、まだまだ発展する余地のある都市はあるのでしょうか。それは、本コラムで何度もご紹介している通り、やはり「東京圏」です。東京五輪開催を目前に控え、様々な再開発が進み、人口も増加を続けています。

ただ、東京圏の中でも、メジャーな街にばかり目を奪われていては、家康のように最適な立地を見つけ出すことはできません。投資の費用対効果を最大限に高めるためには一般的な人気や評判だけではなく、これから人気になるであろう穴場の街を自分の目で探し出すことが大切なのです。

あなたも家康のように、投資用マンションを購入すべき穴場エリアを見極めてみてはいかがでしょうか。

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